上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
2008年4月6日 日曜日


 太郎音読は昨日と同じ、「ぷるぷる・・・」
 途中から日本のばあばとウェブカムが繋がり、ばあばに披露。


 「世界のおはなしかるた」10枚くらい
 太郎が読んで、次郎が取る。
 パパも横で見ていて、「猿蟹合戦」がどういう話かを知りたがったので、太郎が説明してあげる。「臼」と「栗」というフランス語が分からなくて私に尋ねたが、後は何とか説明できた。聞いている私も、なるほど太郎はそう訳すのか、と思う箇所もあり、興味深い。



 オルガン
 「ちょうちょう」
 「かえるのうた」
 「ちゅーりっぷ」

 太郎は気が散るので、眼をつむらせて、私の伴奏で一緒にドレミで歌う。音が完全に外れていても本人は気付かない。「五歳くらいでは普通のこと」と夫は言うがそうなのか?
 夫曰く、フランスは音楽の授業はいい加減。カラオケも普及していないし、このまま普通にしていたら、音痴のまま大人になると懸念する母。難しすぎると言って涙ぐむ太郎、水を飲んで気を取り直し、続けるうちに、何とかクリア。
 ドレミで歌うのを繰り返しやった後、太郎がドレミで歌いながらオルガンを弾いたら、ほとんど一回で上手に弾けた。




 最近はもう言わなくなたが、子供たちが一頃よく、「ぼくイタリア人にもなったよ」などと言っていた。

 イタリアに旅行して、「ボンジョルノ」だの、「ソノ太郎」だの挨拶をすると、パパがイタリア語もしゃべれるじゃないかと煽てたからだ。

 例えばフランス語で、「フランス語」と「フランス人」は同じ単語français。「人」とか「語」は日本語に訳す時につける。それで、夫からフランス語で説明を受けた彼らの頭の中では、「フランス語=フランス人français」、「イタリア語=イタリア人italien」、「アラビア語=アラビア人 arabe」という図式ができていた。だから、「イタリア語italien」が話せるようになれば「イタリア人italien」になると。



 今日、夕飯の食卓で次郎「ぼくフランス人のお父さんになりたい」
 前にも、何回か次郎は同じ事を言っていた。
 「どうして?」
 次郎「だってフランス語が分かるようになりたいから。」
 「次郎、日本語はわかるの?」
 次郎「うん」

 確かに、次郎はまだ、日本語のほうがうまい。太郎にも同じ時期があったが、今は乗り越えている。
 次郎は、パパと太郎の三人で会話していると、なかなか思うように発言できなくて、ドモりながら、大声で相手を制している。
 遅かれ早かれ、克服できる日が来るはず。がんばれ、次郎!


 次郎の「フランス人のお父さん」をうけて
 太郎「ぼく日本人とフランス人のお父さんになりたい。だって、日本語とフランス語が分かるようになりたいもん。」
 次郎も負けじと「ぼくは、フランス人と日本人とアラビア人のお父さんになりたい。だって、アラビア語も分かるようになりたいもん。」
 チュニジアで、家政婦のアスマと一緒に行った、アッタール(小さな食品雑貨屋)のおじさんが何を言ってたのか知りたかったのだろうか。

 また、次郎の言葉に張り合って太郎
 「ぼくいろんな言葉がしゃべれるようになりたい。」
 次郎「世界中の言葉がしゃべれるようになりたい。」

 幼少にして志は高いほどよろしい!
 後は努力あるのみ。

 自分の子供の頃と比較すると、この子達は、そういう志を抱く機会に恵まれているのだな、とつくづく思う。


水門を通る船をベランダから撮影。 

DSCN4043_20080407050347.jpg



DSCN4044_20080407050451.jpg


DSCN4045_20080407050545.jpg


DSCN4046_20080407050609.jpg
2008.04.06 Sun l 生活日記 l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://garapy.blog33.fc2.com/tb.php/160-0549ed57
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。