上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
2004年4月25日

P1010613.jpg

スポンサーサイト
2004.04.25 Sun l 思い出の切れ端 l COM(0) TB(0) l top ▲
2004年4月

 次郎出産の1か月前から、二人のばあばが日本から助っ人に来てくれた。
 太郎は、3か月たっぷり、ばあばたちと一緒に過ごした。
 「あっばあば」
 「あっひこうき」
 「あっ」というのをセリフの頭につける。
 「ばあば達がそう言ってるからよ。そういうのを覚えちゃうから、あっ何とかってあっをつけるの止めてよ」、と冗談半分に言った。
 「えーと」というのも頻繁に太郎の口から出て笑った。
 ばあばの口癖がすっかりうつっているのだった。

 太郎ちゃんは何を言ってもちゃんとわかるお利口さんだからよかった、とばあば達に褒めてもらいました。ばあばたちとm何の問題もなく日本語で意思疎通できてよかった、とつくづく思いいました。

P1010843_201406052125594b6.jpg

P1010851.jpg

P1010872.jpg
「パパみたいに、新聞読んでるの。」

ご訪問ありがとうございます。下のリンクをボチッと押して応援してください。

にほんブログ村 子育てブログ バイリンガル育児へ

にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ
2004.04.28 Wed l 思い出の切れ端 l COM(0) TB(0) l top ▲
 日記は終了したのですが、かねてからお友達に約束していた、日記ブログ以前の子育てについて、このブログに追々載せて行こうと思います。
 きちんとまとめてから、などと思っていましたが、今の子供、今の生活に追われて、なかなか過去をまとめる時間など見つけられません。ですから、断片的な覚書としてご了承ください。そうでもしなければ、幼少の子供たちとの思い出は永遠にどこか片隅にしまい忘れ去ってしまいそうで、それでは、なんだか自分が母として悲しいのです。今振り返ると、一番大変だった時代だと思います。もっと大変な未来もあるのかもしれませんが・・・
 


 お子さんが小さいのにせっせと記録をつけられてるお母さん方を見ると、すごいなーといつも思います。
 何しろ、太郎が生まれてからブログを始めるまでの5年間、引越し五回、太郎が一歳半で次郎を出産などで、パソコン&インターネットとはまったく縁のない生活をしていました。
 忙しいとはいえ、もっと情報を得て、ネット上でお友達もいたら、また違った子育てになっていたかもしれません。
 

2009.01.19 Mon l 思い出の切れ端 l COM(1) TB(0) l top ▲
 太郎が生まれてからは、ひたすら話しかけ続けた。
 私はもともとおしゃべりなほうではない。グループにいると、人の話を聞いて満足している。その上、子供に、いや、赤ん坊になんて、何を話しかけてよいのかわからない。でも、話しかけが重要だという強迫観念だけはあった。「私が日本語を話さなければ、わが子は日本語を話さない」、という危機感があった。「良くも悪くも、私一人が日本語の源泉」という思い。

 家事をする横に赤ん坊を置いて、自分のすることを実況中継した。赤ちゃん言葉は使わない。
 「お母さん今から昼ごはんをつくるからね。それが終わったらご本をよんであげるからね。いいこでまっててね。」
 「汚いからお掃除しなくちゃね。掃除機をもってくるね。ほこりが立つから、太郎のお部屋で待ってもらおうかな。今、お部屋に連れて行ってあげるからね。」
 「おなかがすいた?じゃあおやつにしようか。お母さんも一緒に食べようかな。何を食べようかな?太郎は何を食べたい?ヨーグルト?」
 とにかく、朝から晩まで、私がすること、頭の中で考えること全てを口に出して、休みなく話しかけ続けた。相槌を求めたりもした。
 赤ちゃんが寝てくれると、「ああ、もう黙っていいんだ」とほっとした。
 これは本当に疲れた。赤ちゃんのうちは殆ど返答があるわけも無いので、自分が馬鹿みたいだと思ったり、むなしかったり。でもそれも習慣がつくまでの始めのうち。赤ちゃんの顔を見て話しかける時、じっとこちらの目を見て、なんとか理解しようとしている表情、答えようとして一生懸命口を開けたり唇を曲げたり、それが声になる時もならない時も、反応がどんどん増えてくるのがわかる。

 しかし、疲れることには変わりはない。
 でもこれこそがインプットの大切さだと、固く信じてひたすら続けた。赤ちゃんが言葉を発するまでには大量のインプットが必要なのだ。その上で、発話は、その子の性格や言語能力にもよるので、失望してはいけないとも自分に言い聞かせた。お大人でもおしゃべりな人もいれば、語学は苦手という人もいるのだから。例えば自分など、語学は嫌いではないが、性格がもっとおしゃべりだったら、もっと上達するのではないかと、勝手に思っている口。

 今振り返ると、モンテッソーリの「ゆっくりとした動作で示す」のとは反対のことをしていたと思う。
 だから、今になって、「しゃべってないで早くやりなさーい!」「不言実行!」とおしゃべり小僧たちを戒める結果になっているのかも・・・

 太郎は10ヶ月くらいから、ぼちぼち単語が出始めた。もちろん日本語のみ。

 太郎が1歳2ヶ月、次郎を妊娠9ヶ月の時、引っ越した。知り合いもいないので、妊婦検診のために太郎を託児所に預けようと試みるが、泣くので止める。偶然にも、おなじマンションに日本人ご家族がいらして、快く太郎を預かってくださった。「うちの子も言葉が早いほうだったけど、太郎ちゃんはもっとすごい。お話がとっても上手ね。何だかとてもしっかりとお話をするのね。」と褒めてくださる。太郎としては家族以外の人に褒めてもらう貴重な出会いだった。

 「しっかりと話している」印象を太郎が与えたのはたぶん、ほとんどの発話に助詞を伴っていたからだと思う。
 これが、たろうが、ここに、つぎは、たろうはこれ・・・等など
 そして、赤ちゃん言葉を使わずに話しかけてきたので、大人の語彙・言い回しがそのまま出てくるからだろう。
 量的なおしゃべりという点では、もっとおしゃべりな子供もいるだろうし、今のほうがよっぽどおしゃべり。単語の数を数えたりメモしなかったのでわからない。

 上の階に住む、猫を飼っているフランス人のおばあちゃんに預かってもらったこともある。太郎は泣かずに、良い子で留守番してくれた。「フランス語が上手ね」とは流石に言われなかったが、「太郎はこちらの言うことはちゃんとわかってるのね」、とおばあちゃんに言われた。だが、フランス語がどのくらいわかっていたかは怪しい。言葉と一緒に状況で理解していたのだと思う。日本語の理解のレベルとは全く違うもの。

 太郎が1歳4ヶ月の時に、伯母と母が次郎の出産の手伝いにフランスへ来てくれた。太郎は片言ながら、ばあばたちとの意思の疎通にあまり問題はなかった。主語、目的語、動詞、などが出揃っていた。パパ、ママ、太郎の実名の始めの音で、なーな。次郎のことは、たーた。ばあばはばーば。(この時期に実際どんな会話があったがビデオが見つからないので、後ほど追加します)

 夫は会社員なので朝晩と土日しか家にいない。それに、私のような、「話しかけなければ」という危機感も持っていない。だから、この時期の話しかけは、日本語99パーセント、フランス語1パーセントというところか。
 3歳くらいまでは、パパがフランス語で言うことはわかっていても、発話はないので会話はほとんど成り立たず、パパは寂しい思いをしていた。
 つまり、うちの場合、フランス語のインプットは細々とありながらも、殆ど日本語で育てたようなものだから、発話が早くても不思議はなかった。マルチリンガルは発話が遅いというのが定説。

 うちは日本に住める予定は無いので、フランスに住み、フランスの学校へ行かせることはわかっていた。だからフランス語は放っておいても出来るようになると確信していたので、日本語だけに全力投球した。フランス語の心配はないといくら言っても、主人は随分心配や嫉妬をしていた。二人とも自由に二ヶ国語を操るようになった今でも、祖父母など外野の圧力は未だに皆無ではない。



 
 
2009.01.27 Tue l 思い出の切れ端 l COM(4) TB(0) l top ▲
 太郎が生まれてすぐ、夫と一緒にインターネットでバイリンガルについて調べた。フランスに住み、夫が日本語を話さない場合、就学後の日本語維持はかなり難しい=殆んど不可能という結果だった。それは一時も私の頭から離れなかった。
 自分の子供が育つにつれて日本語ではコミュニケーションが取れなくなっていくということが、恐怖以外の何物でもなかった。
 この恐怖を克服する方法はただ一つ、不可能に挑戦し続けることだけだった。
2009.09.25 Fri l 思い出の切れ端 l COM(1) TB(0) l top ▲
 最近頂いたメールとお返事を掲載させていただきます。


> はじめまして。
> フランスで日仏ダブルの年子(明後日3歳になる長男と1歳8ヶ月の次男)を育てているフランス花子と申します。
>
> 息子たちのバイリンガル、バイカルチャー教育にとても興味をもっていて、garapyのブログに辿り着きました。
> 以前の♪フランスで日本語教育ママ日記も読ませていただいて、その日々の継続に感激、感動しました。
>
> そこで、garapyは1つ目のブログを作り始める前、つまり息子さんたちがもっと小さかった頃、日本語教育の基礎として何か意識してやっていらっしゃったのではないかと思い、是非その教材等を教えていただけたらと思って,メールさせていただきました。
>
> 毎日お忙しいことと思いますが、もしよろしければ是非今後の日本語教育の参考にさせていただきたいので、よろしくお願いいたします。
>
> いきなりメールで失礼しました。
>
>フランス花子



 はじめまして、フランス花子さん

 新旧ブログを見ていただいて、ありがとうございます。
 ブログ以前にしたことは、極秘のメソッド・・・ではありません。
 生まれた時から赤ちゃん言葉を使わずに助詞をつけた文でとにかく一日中話しかけること。
 大人同士の会話のように早口になりがちなので、ゆっくりはっきり話すように努力しました。
 子供の発話に辛抱強く耳を傾けること。
 子供が片言で言ったことを、そうだねえ、と大げさに感心して発話を褒めて、私が正しい文で繰り返すこと。
 絵本を何度も読んであげること。
 本の冊数でなく、回数を多く。
 太郎は2歳になった時、気にいった本を数冊、丸暗記していました。
 でも次郎はそいういう現象はなかったので、子供それぞれということですね。
 3歳までは「子供のいたずらは子供の勉強」と辛抱して、危ないこと以外は叱らずに育てました。
 言葉に関して一番参考にしたのはこの本です。

わが子に伝える「絶対語感」―頭の良い子に育てる日本語の話し方わが子に伝える「絶対語感」―頭の良い子に育てる日本語の話し方
(2003/11)
外山 滋比古



 私の一番根本にあるのは、「フランスに普通に暮らしていれば我が子は日本語がわからなくなる。」という恐怖です。
 「バイリンガルに興味がある」と言う程度ではなく、「私の子供は絶対に日本語がわかるように育てる」という、一種の挑戦です。
 はっきり言ってしまうと、私にとってバイリンガルなんてどうでもいいのです。
 人間にとって、子供の教育において、バイリンガルなんかよりよっぽど大切なことがあると思います。
 ただ、私は「私と子供の絆」という意味で、自分の子供は日本語がわかって欲しいだけなのです。
 でもフランスに暮らす以上、そして夫との絆のため、フランス語は必須。
 その結果がバイリンガルにならざるを得ない、ということだけなのです。
 曖昧な目標でなく、はじめから覚悟を決めたのは後になればなるほど良かったと思っています。

 なんだか妙に力んでしまいました。ごめんなさい。
 でも、母親の根底にある熱意は子供にも夫にも周りにも伝わり、いつかは道が開けてくると思います。
 お互いがんばりましょう!
 
 garapy



 garapyさん 早速お返事ありがとうございます。
 ブログに搭載される件については、もちろんオッケーです。同じような悩みを抱えている方の助けになれば、本望です。 そしてお薦めの本についての情報もありがとうございます。
 日本語教育については、実際毎日の努力、そして継続が何よりも大変だと分かっていながらも、習慣性が出てくる前にあきらめてしまう場合が多いと思います。お子さんの興味や意思、日本語取得の威力の源は全て母親にかかっているものだと、garapyさんのブログを読んで思いました。 私も息子たちと日本語話したい!そしてそれは日々の努力によってしかできない物だと常に肝に銘じて、頑張ろうと思います。 そしてgarapyさんの努力を心から応援してます!
 フランス花子
2009.09.26 Sat l 思い出の切れ端 l COM(2) TB(0) l top ▲
日本のことわざかるた日本のことわざかるた
(2002/11)
西本 鶏介いもと ようこ

商品詳細を見る

日本と世界の名作おはなしかるた日本と世界の名作おはなしかるた
(1999/11)
いもと ようこ西本 鶏介

商品詳細を見る

98部首カルタ (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3)98部首カルタ (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3) (漢字がたのしくなる本教具シリーズ 3)
(1993/04/15)
宮下 久夫

商品詳細を見る
にほんごであそぼ いろはかるたにほんごであそぼ いろはかるた
()
不明

商品詳細を見る
2013.06.24 Mon l 思い出の切れ端 l COM(0) TB(0) l top ▲
海外で幼児・子供の日本語教育「カンガルーレッスン」の記事を追加しました。
DSCN0131.jpg
2014.06.05 Thu l 思い出の切れ端 l COM(0) TB(0) l top ▲
 海外で幼児・子供の日本語教育「カンガルーレッスン」は、開設以来、世界中の皆様からご好評をいただいております。

 零歳からの話しかけで既に成果が見られたという喜びの声も聞かせていただきました。

 一人でも多くの日本人とその他の国籍のダブル言語・文化を身に着けたの子供が育ち、日本の未来、そして世界の未来をよりよく、世界平和に貢献してくれたらと願ってやみません。

 なお、続きのブログフランスで日本語教育ママ
 その後のブログバイリンガル兄弟その後
 太郎のブログフランス人の日記
 次郎のブログフランスってどんな国?
 これらを通して、太郎次郎のその後の成長の様子などもお知らせできるお思いますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
2015.03.29 Sun l 思い出の切れ端 l COM(3) TB(0) l top ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。